村山聖 死因の膀胱がんは余命6か月だった!映画 聖の青春では松山ケンイチが演じる!

8月13日放送のフジテレビ「土曜プレミア
ム」は、【栄光なき天才たち~名も無きヒー
ローに学ぶ幸せの見つけ方~】と題し、羽生
善治と互角に渡り合い29歳で急逝した魂の
棋士・村山聖氏を特集。

 

当時、無敵の王者と称された羽生と互角の
勝負を繰り広げた天才、村山聖氏は将棋の
世界で戦うとともにある運命とも闘っていた。

 

村山氏の運命とは、幼いころからのネフロー
ゼ症候群と「進行性膀胱がん」。手術をしな
ければ「余命6か月」と宣告され、腎臓と膀
胱を摘出したが、「がん」は再発してしまっ
た。

 

死因は「がん」が再発し、転移していたこと。
「がん」の再発が見つかったとき1年間の
休戦と、療養に専念する旨を発表したが、
その5ヶ月後に村山氏は29歳で永眠した。

 

わずか29年という短い生涯を送ることとな
った村山聖氏。病と闘いながら全力で駆け抜
けた29年の生涯を実話にした映画「聖の
青春」が今年の秋に公開される。

 

今回は、天才・羽生善治を追い詰めた伝説の
棋士・村山聖氏について迫って行こうと思う。


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村山聖 死因の膀胱がんは余命6か月だった!

村山聖氏は5歳の時、医師に「ネフローゼ
症候群」にかかっていると告げられた。

 

ネフローゼ症候群は当時の治療法は安静にす
ることが一般的だが、村山氏は病院と療養所
の入退院を繰り返していたという。

 

ネフローゼは尿と共にタンパク質も排出され
てしまい、それに伴い体のむくみが生じてし
まう。むくみのあるうちは塩分を控えるなど
食事制限が必要となるので、村山氏は幼少時
から好きなものを食べることも出来なかった
そうだ。

 

将棋はこのときの入院で覚えたといい、将棋
の魅力にひかれた村山氏は13歳のとき、
単身大阪へ向かい、プロ棋士の森信雄の
内弟子となった。

 

異例の早さでプロ棋士となった村山氏。その
後にはトップ10人が在籍するA級八段に
昇級するが、ネフローゼ症候群を患う村山氏
にとって、対局で体にかかる負担は大きく、
対局が終わると決まって高熱を出すように
なっていたという。

 

1997年の春、そんな村山氏に突然悲劇が
襲う。それは「進行性膀胱がん」が見つかっ
たというもの。

 

手術をしなければ余命6か月という宣告に、
村山氏は手術を拒否。幸せな結婚をして子ど
もを作るという夢を持っていた村山氏にとっ
て、膀胱を取り性機能もなくなるのは耐えら
れなかったのだ。

 

しかし、医師が説得し手術を受けることに。
手術は片方の腎臓と膀胱を摘出するという
8時間半の大手術であったが、その後1ヶ月
で復帰して対局をしている。

 

翌年春、死因となった「がん」の再発・転移
が発見された村山氏。その後、1年間の休戦
と、療養に専念する旨を発表するが、休戦す
るまえには宿敵・羽生善治との最後の戦いが
残っていた。

 

歴史あるNHK杯の決勝でライバル羽生善治と
対戦した村山氏は惜しくも敗退。通算6勝7
敗、これがライバル羽生との最後の対局とな
った。

 

村山氏の葬儀は本人の希望により家族のみで
行い、葬儀終了後、その死が将棋界に伝えら
れ、大きな衝撃を与えることに。

 

日本将棋連盟はその功績を讃えて逝去翌日の
8月9日付けで九段を追贈した。


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村山聖の映画 聖の青春は松山ケンイチが本人を演じる

2000年、村山聖氏の生涯を描いた「聖の
青春」が出版され、今年の秋には映画化され
ることに。

 

主人公・村山聖氏を演じるのは、俳優・松山
ケンイチで、映画「聖の青春」では、役作り
のため、数時間おきに食事をしていたことも
明かしている。

 

一方、村山氏の最大のライバルである羽生
善治を演じるのは、東出昌大。

 

今なお棋界の頂点で活躍する実在の人物とい
う難しい役どころを、徹底した役づくりで
見事に演じる。

 

両者による緊迫感&臨場感溢れる対局シーン
は本作の最大の見どころ。

 

松山は、死因となった「進行性膀胱がん」を
発症するシーンや「余命6か月」と宣告され、
抗がん剤・放射線治療は、脳に悪影響があっ
て将棋に支障が出ては困るという理由で拒否
したところなど、かつてない驚異的な役作り
で精神面、肉体面の両方から主人公を熱演
する。


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