松野有里巳の病名は不育症!旦那の後押しでティップネスのインストラクターに!

元アイドルグループ「ribbon」の
メンバー、松野有里巳(42)がこれまで
子供を3度流産していることをテレビ
で告白した。

 

その原因となったのが「不育症」という
病名の病におかされていた為だった
という。

 

結局、子供をあきらめて2007年に芸能
活動を再開し、現在は「ティップネス下北
沢」でスポーツインストラクターを掛け持ち
しているそうだ。

 

インストラクターになったのも当時ジムに
通っていた時にスカウトされたのが
きっかけで、旦那に後押しされたことが
決め手になり決心したという。

 

今回は松野有里巳が流産してしまった
原因の「不育症」のことやインストラクター
になった経緯などについて少し探ってみたい
と思う。


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松野有里巳の病名 不育症とは?

この「不育症」という病名はあまり聞きなれ
た病気ではないが、「不妊症」とは違い、
妊娠はするものの、何らかの原因によって
流産や死産を繰り返してしまう病だそうだ。

 

原因もはっきりしておらず、約65パーセント
が不明だという。

 

松野自身も普通に妊娠して子供が産めると
思っていたらしく、「妊娠っていうものが遠く
感じた」と当時の辛い過去を語っている。

 

しかし、この「不育症」という病名の病は
そんなにめずらしいものではないらしく、
妊娠した女性の約20人に1人は「不育症」
だそうだ。

 

不育症であっても出産は可能だそうで、
治療しなくても次の妊娠で出産している
ケースが多いらしい。

 

一般的には松野のようにやはり、2回流産
が続いた場合、検査を受けるように勧め
られるようだ。


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旦那に後押しされティップネスのインストラクターに!

現在は芸能界に復帰している松野有里巳だが
「ティップネス下北沢」でスポーツインス
トラクターとしても働いている。

 

29歳の頃に、太ってきたことからそろそろ
運動しないとダメだなと思い、スポーツジム
に入ったのがインストラクターになるきっか
けだったそうだ。
通っているうちに段々とハマって行き、
週5でみっちり通い汗を流していたという。

 

そして5年が経ったとき、インストラクター
の先生が松野の出来上がったふくらはぎを
見て運動ができると思い、「インストラク
ターやってみない?」と声をかけてきたと
いうことだ。

 

松野も「自分ならこうしたい」というイメー
ジがあったらしく、旦那に相談すると
「やってみれば?」ということもあり、
資格を取るために半年間学校に通い
無事、試験に合格したのである。

 

そんな旦那もダンスが好きだそうで、
出会いもダンスレッスンだったという。

 

そしてオチとして実は、松野が合格する
半年前に旦那もインストラクターの資格を
取っていたそうだ。

松野有里巳 子どもを3度流産!

松野有里巳は永作博美、佐藤愛子と共に
アイドルグループ「ribbon」として活躍
した後、1995年に引退。

 

1998年にバンド「バナナギャングス」の
元ボーカル、たかはしごう氏と25歳のとき
に結婚した。

 

旦那であるたかはしごう氏は現在、声優の
林原めぐみらに曲を提供する作曲家として
活動している。

 

そんなとき初めて妊娠したのが28歳で、
やっとの思いでできた子供が6週目で
早期流産してしまう。

 

2度目の妊娠は30歳のときだったが8週目
で腹部に激痛が走り、流産。3度目の妊娠は
33歳だったが、そのときも流産してしまっ
たということだ。

 

妊娠しては流産の繰り返しで、医師から
「不育症」と診断されていた。

 

また、最後にと松野有里巳は40歳で体外
受精にチャレンジするが、妊娠に至らなか
ったために子供の方は最終的にあきらめた
そうだ。


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