西城秀樹の姉は宅見の?子供の学校や嫁の画像 馴れ初めは?

脳梗塞で闘病中だった歌手の西城秀樹さんが、5月16日に他界したというニュースが飛び込んできた。(享年63歳)

 

死因は急性心不全で、西城さんは4月25日にいつも通りにリハビリをして自宅に帰ったが、その晩に意識を失って横浜市内の病院に搬送。

 

そのまま意識が戻ることがなく、16日午後11時53分に永眠したということである。

 

西城さんは2001年5月、45歳のときに17歳年下の一般女性・槙原美紀さんと結婚。(画像あり)

 

結婚後、3人の子供にめぐまれたが、2003年と2011年に脳梗塞を発症していた。

 

とくに2度目の脳梗塞では、麻痺が残っているなどの後遺症が残り、リハビリに励んでいたという。

 

西城さんの急な知らせは芸能界にも大きな衝撃をもたらし、悲しみの声が広がっている。

 

今回は、西城秀樹さんの実家や、残された子供が通っている学校、18歳年下の嫁との馴れ初めなどについてまとめてみた。

西城秀樹の子供の学校はどこ?

脳梗塞で倒れる前の西城秀樹さんは、84年に髄液が漏れて脳圧が下がる症状「低髄液圧症候群」、97年ごろには糖尿病を患った。

 

その後もワインを毎晩2本、タバコを1日3~4箱という生活をしていて、45歳で結婚。

 

晩婚だったのだが、それからはというと食生活に気を配るようになり、体型維持のためにジムに通ってトレーニングも欠かさなかったという。

 

また、3人の子供を持つ西城さんは、長女・莉子(りこ)ちゃん。高1・15歳、長男・慎之介(しんのすけ)くん。中3・14歳、次男・悠天(ゆうま)くん。中2・13歳の良きパパとしても活躍していた。

 

脳梗塞で倒れたときも「成人する姿までは、見届けなければね。」と、子供たちのことを気遣い、リハビリに励んでいたのである。

 

しかし、西城さんは、2度目の脳梗塞後に両目の視力が低下し、右目は網膜症、左目は白内障が進行していたという。

 

晩年はこのように激やせした姿が公になり、心配する声もあがっていたのだ。

 

西城秀樹 晩年 画像

 

残された子供もまだ小さいので、嫁さんも大変だろうが、将来は父親と同じく芸能界を目指すのだろうか。

 

生前、西城さんは「妻が連れて歩いていたら、西城秀樹の子どもと知らずに、3人ともそれぞれに声をかけられた」と言っていたので、芸能界入りがあるのかもしれない。

 

しかも芸能界入りに反対している様子はなかったので、もし2世が誕生するとなると、そのときはまた話題になることだろう。

 

ちなみに子供の学校は、横浜市にある森村学園だと言われている。

 

森村学園は幼稚園、初等部、中等部、高等部を設置し、芸能人の子供が多く通う学校として知られている。

 

西城さんのところ以外にも紺野美沙子の子供や、三田佳子の子供なんかも学校は森村学園だったそうだ。

西城秀樹 嫁(画像)との馴れ初めは?

西城秀樹さんは嫁の美紀さんと、2001年6月30日に白浜神社で結婚式を挙げた。

 

西城秀樹 嫁 画像

出典元:週刊女性PRIME

 

美紀さんは大阪出身の元会社員の一般人で、馴れ初めは西城さんの姉の紹介がきっかけで交際がスタートしたという。

 

結婚前の西城さんは、樹木希林から2人ほどお見合い相手を紹介されたこともあったそうだが、若いからという理由で断ったとか。

 

樹木希林は、なかなか結婚しない西城さんには、世の中なんにもわからない子がいいだろうと思って19歳の娘さんを紹介したそうだ。

 

独身時代はそんな逸話もありながら、西城さんは当時、大阪・北新地のクラブのママだった姉から、いいお嬢さんがいるからと引き合わされたという。

 

まさしくそのお嬢さんこそが現在の嫁・槇原美紀さん。

 

美紀さんの父親・槇原博寛さんは、不動産や施設設備などの事業を手がける社長で、西城さんとも一緒にゴルフをするなどして仲がよかったようだ。

 

また、生前、西城さんは川崎市内に自宅があったが、子供が小学校に通いやすくするため横浜に住居を移した。

 

そのあとに2度目の脳梗塞を患い、美紀さんと二人三脚で復帰を目指していたのだ。

 

夫の訃報に美紀さんは「倒れて、入院してから2、3週間、毎日病院で看病できたことがすごく幸せだった。子供たちも最期に立ち会えたことが良かったと思います。(亡くなった実感がなく)まだ夢のようです」とマスコミに向けてコメントを残している。

西城秀樹の姉は宅見の?

西城秀樹さんは広島県東区東蟹屋出身。

 

本名は木本龍雄で、帰化する前の名前は李乙龍。

 

実家はパチンコ屋で、テキサスグループ社長の父親はパチンコ屋以外にも、不動産や自動車のタイヤの卸しなどの事業を営んでいたという。

 

また、デビュー前の西城さんは、地元の愛宕町で『愛宕町の龍』と呼ばれていたくらいワルで有名だったとか。

 

友人が暴走族にからまれているのを、ひとりで助けたというエピソードもあるようだ。

 

そしてアイドルになっての西城さんは遊ぶ暇もなかったので、女性関係も激しくはなかったという。

 

西城さんが「低髄液圧症候群」で入院したときには、松田聖子がお見舞いに来てくれたそうで、「(郷)ひろみはいいなぁ。いつもこんなかわいい子がそばにいてくれて」と笑っていたそう。

 

また、デビューしたての山口百恵からラブレターをもらったときも、西城さんは同じ業界内で付き合うのはかっこ悪いと思って、付き合わなかったのだとか。

 

と、そんなことを言いつつも西城さんは89年、12歳年上の十朱幸代と浮名を流しているのである。

 

そんな西城さんは、実家の家族に3歳違いの兄と腹違いの姉がいるということだが、その姉についていろいろとウワサが立っている。
西城さんの姉は現在、大阪で「瀬里奈」というステーキ屋を営んでいるらしいのだが、過去に宅見氏のめかけでもあったというのだ。

 

宅見氏というのは反社会的勢力・宅見組組長の宅見勝氏のことで、いまから20年前の1997年に亡くなっている。

 

姉は宅見氏と知り合う前に離婚して長女がいたが、宅見氏の間にも息子を授かっているようである。

 

また、姉といえば「ちびまる子ちゃん」の姉が西城さんの熱狂的ファンだったこともあり、「ちびまる子ちゃん」がツイッターのトレンド入りを果たした。

 

まる子の姉の声を担当した声優・水谷優子さんは、2016年5月17日、51歳の若さで亡くなっているが、偶然にも西城さんと命日が1日違いだったのもトレンド入りした要因の一つだったのである。

故人のご冥福をお祈りします。


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